自衛官の「若年定年退職者給付金」は、自衛官のみがその制度を利用でき、他の国家公務員や民間企業では、存在しない特殊な制度である。したがって、このような特殊な制度であるがゆえに、法律家である弁護士でさえも理解することは容易ではないと思われる。
若年定年退職者給付金は、その名称のとおり若年で定年する者に対する給付金である。自衛官の定年は階級によって異なるが、54歳で定年を迎えるのが大半である。一般職の公務員の定年が60歳であることを思えば、6年早く定年を迎えることになる。
まず、この若年で定年を迎えることが、一般職の国家公務員と異なり大きな差が生じることになる。
現在は年金の受給が65歳であるが、昔は60歳から受給することができた。すなわち、昔は、一般職の国家公務員は60歳まで勤務し、60歳からの定年後は共済年金を受給することで、生計を立てられるようになっていた。しかし、自衛官は54歳前後で定年するため、60歳にならないと共済年金を受給することが出来ないとすれば、一般職の国家公務員と比較して経済的に不利となることから、自衛官に限って定年後の54歳前後から共済年金が受給できる特例が定められていた。
しかし、年金制度の財政的な事情等から、自衛官の年金受給の特例が廃止され、その代替として1990年に現在の「若年定年退職者給付金」という制度が創設されたのである。
年金受給の特例廃止によって退職自衛官は、定年後すぐに年金が受給できないため、年金が受給できる60歳までの間、再就職により所得を得なければならず、再就職をするにあたっては、所得の減少を伴うケースが多いため、この経済的不利益を軽減する目的で給付金制度が創設され、再就職後に所得が減少した場合、給付金により所得が補填されることとしたのである。
したがって、再就職後の所得が一定額を上回った場合は、再就職による経済的不利益は生じないので給付金は支給されない。
よって、「若年定年退職者給付金」は、退職金のように、過去の労働賃金を精算するのではなく、再就職後の減少した所得を補填するものであり、将来の労働賃金を構成するものとなっているのである。
「防衛省の職員の給与等に関する法律(昭和27年7月31日法律第266号)」第27条の4で、「若年定年退職者の退職した日の属する年の翌年におけるその者の所得金額」により支給額が調整される、としているのは、定年退職した時点では、将来の所得が一定額より減少しているか否かを判断することができないため、実際の所得が生じた後に正式な支給額を決定する、ということを意味している。このことから、給付金は将来の労働賃金を構成するものであることが、十分に理解することができる。
このように若年定年退職者給付金は、再就職先での減少した所得を補填し、ある程度の所得を維持できるように保証するための機能を有し、また、このような制度は、若年で定年しない自衛官以外の国家公務員には適用がなく、さらに、民間企業では、絶対にありえないことなのである。民間企業では、多くの場合、退職金を割増しての早期退職はあるものの、退職後の再就職先での賃金の保証など、するはずがない。退職して他社で働く元社員に、減少した分の賃金を支払う企業など存在しない。他社で働く元社員は、自社製品に何ら付加価値をもたらせない。付加価値が生じるからこそ、その労働力の対価として、賃金が発生するのである。
若年定年退職者給付金のように再就職先における将来の労働賃金を保証する制度は、自衛隊以外には存在しない。民間企業においては、絶対に存在しない特殊な制度である。したがって、一般人を含め裁判官や弁護士などに、給付金制度を理解してもらうことは、容易なことではないのである。
しかも、自衛隊にしか存在しない、民間企業では考えられない特殊な制度であるから、安易に解釈しようとすると、民間企業の事例に基づいて当てはめて考えてしまうのである。それが給付金を退職金と同一視してしまう要因となっている。